◆◆◆◆◆
「無礼者!!!」
怒声が響き渡った。
王子は目を吊り上げ、怒りに震えながら遥を睨みつけた。
「この私に向かって、そのような口を利くとは……!」
怒りのままに、王子は遥の頬を叩こうと手を振り上げる。
だが――
その前に、素早くコナリーが動いた。
バッ!
瞬時に立ち上がり、遥の前に立つと、王子の腕を鋭く掴んだ。
「――っ!」
コナリーの指先は、戦いの傷で歪んでいた。
それでも、その力は人並み以上に強かった。
王子の腕を握ると、ほんの一瞬だが、硬直した空気が場を支配した。
王子の表情が、一瞬怯えたものへと変わる。
コナリーは何も言わなかった。
だが、その鋭い眼差しが、王子を威圧する。
「……っ!」
王子は、反射的に後退りした。
「コナリー……貴様……」
小さく震える声が漏れる。
コナリーは、静かに手を離した。
「王子殿下、私は貴方の忠実な騎士でした」
「……!」
「ですが――」
コナリー
◆◆◆◆◆「お疲れ様です、遥さん。今日の収穫はどうでした?」王都の広場の片隅で、デイジーがにこやかに声をかけた。「まあまあってところかな。古文書に記されてた『星の雫』は見つからなかったけど、それっぽいものは手に入れた」遥は、腰のポーチから小さな瓶を取り出して見せる。――この世界には、まだ発見されていない貴重なアイテムが無数に眠っている。それらを探し出し、王へと報告することが、今の遥の仕事だった。「なるほど……でも、無理しすぎないでくださいね」デイジーは、優しい笑顔を浮かべると、手に持っていた包みを差し出した。「はい、今日のお昼です」「……相変わらず、律儀に用意してくるな」遥は苦笑しながら、サンドイッチの包みを受け取る。デイジーは、遥のお世話係として王から遣わされた青年だった。年はまだ若いが、料理が得意で、毎日しっかりと食事を用意してくれる。「仕事に夢中で食べ損ねるの、遥さんの悪い癖ですからね」「わかってるって。ありがとな」遥は包みをポーチにしまい、伸びをする。「よし、仕事も終わったし、そろそろ王城に戻るか」◇◇◇昼過ぎ、王城へと戻った遥はデイジーと別れて図書館に向かっていた。そして、大広
◆◆◆◆◆「このサンドイッチ、なかなか美味しいな」「そりゃあ、デイジーの手作りだからな。あいつ、料理の腕は確かだぞ」王城の薔薇園。遥とコナリーは、昼下がりの陽光の中で穏やかな時間を過ごしていた。ベンチに腰掛け、デイジーが用意したサンドイッチを頬張る。コナリーはゆっくりと味わいながら、静かに遥へと視線を向けた。「こうして食事をするのは、悪くないですね」「なんだよ、まるで俺と食事をするのが珍しいみたいな言い方だな」「実際、珍しいでしょう?」コナリーは僅かに微笑んだ。遥はバツが悪そうに視線をそらす。確かに、ずっと忙しさにかまけて、彼とゆっくり食事をする時間など取ってこなかった。だからこそ、今この時間は――「たまには、こういうのもいいかもな」遥は、コナリーの方を見ずにぼそっと呟いた。コナリーが穏やかに微笑み、何か言いかけたその時、不意に少し離れた場所から女性の声が響いた。「――お待ちください! ルイス様!」遥とコナリーは、同時にそちらへ目を向ける。沙織が、第二王子のルイスにつきまとっていた。「ルイス様、私は第一王子殿下と契約し魔王討伐をした聖女の沙織です! どうか、少しお話を――」「申し訳ないが、今は急いでいるんだ」ルイスは、明らかに迷惑そうな表情を浮かべている
◆◆◆◆◆「やあ、遥にコナリーじゃないか」軽やかな声が響いた。遥は、サンドイッチを手にしたまま顔を上げる。目の前に立っていたのは、第二王子・ルイスだった。◇◇◇遥とコナリーは、ベンチから立ち上がり、軽く一礼する。ルイスは、王子らしい品のある仕草で手を振ると、あずまやの中へと足を踏み入れた。「邪魔をして申し訳ない。でも、以前から遥さんと話したいと思っていたんだ」そう言って、にこやかに笑う。「でも、なかなか機会がなくてね。ようやく声をかけられてうれしいよ。私はルイスだ」差し出された手を見て、遥は少し戸惑った。――握手を求められるのは初めてだった。これまで、聖女として扱われることはあっても、対等な立場として認識されたことはなかったからだ。「……あんたは王子様なんだろ?」遥は、差し出された手を見つめながら、少し考えるように呟いた。「第一王子のアランとは……その、ずいぶん様子が違うな」そう言いながら、ゆっくりと握手を交わす。「兄が失礼なことをして申し訳なかった」ルイスは微笑みながら、さらりと言った。遥は、ぎくりとする。「あ……いや、謝らないでくれ。王子が頭を下げるようなことじゃない」慌てて手を
◆◆◆◆◆コナリーの静かな圧力に押され、沙織は悔しそうに唇を噛みながら踵を返した。「……男聖女なんて、どうせ誰からも必要とされないくせに」捨て台詞を吐きながら、あずまやを出ていく。遥は舌打ちしそうになるのを堪えつつ、去っていく彼女の背中を見送った。「……面倒くせぇな」ぼそっと呟くと、隣でコナリーとルイスは納得したように頷く。ルイスは視線を遥に向け、穏やかに問いかけた。「同席してもよいかな?」「ああ、いいよ」遥が気軽に答えると、ルイスはちらりとコナリーを見てから、静かに席に座った。◇◇◇「ルイス様は、魔王討伐には参加されなかったんですよね?」遥が何気なく尋ねると、ルイスは「ええ」と頷いた。「私はその頃、隣国との領地争いの場に駆り出されていました」「……え?」遥は思わず驚く。ゲーム内では彼は隠しキャラとしてしか認識していなかった。そのため、彼がどんな背景を持ち、どんな生き方をしていたのかまでは深く知らなかったのだ。「つまり、戦っていたってことか?」遥が真剣な表情で尋ねると、ルイスは静かに微笑んだ。「ええ、そうですね。王族としての立場上、前線に立つことは少なかったですが、それでも戦火の只中にいましたよ」
◆◆◆◆◆「魔王っていう共通の敵がいたのに、人間同士で争うってどうなんだよ……」遥は呆れともつかない疑問を口にした。ルイスは穏やかな口調で答える。「魔王討伐の最中にも、隣国との間で領地を巡る小競り合いは続いていました。そして、魔王が倒れた今、それが本格的な争いへと発展する可能性もある」遥は驚いた。「……そんなこと言ったら、魔王を討伐したコナリーの立場がないだろ」そう言いながら、遥はちらりとコナリーを見る。しかし、コナリーは否定することなく、静かに頷いた。「魔王が支配していた領土を巡っても争いが起こるでしょう。魔王の存在が、ある意味では国同士の均衡を保っていた部分もあるのです」暗い雰囲気があずまやに広がる。だが、そんな空気を払うように、ルイスが明るい声で言った。「それにしても、サンドイッチが美味しそうですね。私にも一つ分けてもらえますか?」その軽やかな言葉に、遥はほっと息をつく。「もちろん、いいよ」サンドイッチを手渡すと、ルイスは笑顔で受け取る。その何気ないやりとりが、張り詰めた空気を緩めてくれた気がした。遥は気さくなルイスに、自然と好感を抱く。しかし――それを見ているコナリーの心には、言葉にできない引っかかりが残った。◇◇◇や
◆◆◆◆◆城内の廊下を並んで歩く。遥の腕を掴んでいたコナリーの手は、いつの間にか離れていたが、その温もりはまだ残っているような気がした。窓の外には、大きな月が浮かび、廊下の白い大理石に淡い影を落とす。静寂の中、二人の足音だけが響いていた。「……変な感じだな」遥がぼそっと呟くと、コナリーが小さく首を傾げた。「何がです?」「聖女の役目は終わったのに……俺はまだお前の隣を歩いてる。でも、もう同じ痛みも共有できないし、傷を癒すこともできない。なのに、人間同士で戦争が起これば、お前はまた戦場に行くかもしれない」遥の言葉に、コナリーは少し考え、微かに微笑む。「最前線で剣を振るうことはできなくても、私は国のためにできることをしたい。……騎士として」「やっぱりお前って根っからの騎士魂があるんだな」遥は苦笑しながら続けた。「魔王討伐のときは、お前の背中を守ってるのは俺だって気持ちだったけど……今はそれができない自分が悔しくてさ」「遥……」「誰かがコナリーの背中を守るんだと思うと、ちょっと悔しいと思ってしまったり。……あー、忘れてくれ。すげぇ恥ずかしいこと話してるな……」コナリーは真剣な表情で遥を見つめた。「忘れません」「意地悪かよ! 忘れてくれって言ってるのに!」「頼まれても忘れません、忘れたくない。遥が背中を守ってくれていた……そう感じていたのは、私だけで
◆◆◆◆◆王宮の広間に、ルイスと王だけがいた。王宮の奥深くにあるこの謁見の間は、普段よりも静かで、外の喧騒がまるで別世界のようだった。ルイスは父である王を見つめながら、真剣な口調で進言した。「魔王領の調査と開拓を正式に進めたいと考えています。」王は微かに目を細める。「魔王の領地をか……?」「はい。魔王は討たれました。しかし、あの地には未だに強い魔力が残り、人々が踏み入ることができません。」ルイスは王へと一歩進み出て、続けた。「王国の領土として、魔王領を無秩序なまま放置すれば、他国の介入を許すことになります。」王はゆっくりと指を組み、考え込んだ。しばらくの沈黙の後、低く口を開く。「……確かに、お前の言う通りだ。」「では、許可を?」「許可しよう。」ルイスの胸に安堵が広がる。しかし、王の次の言葉が、その余韻を一瞬で断ち切った。「だが、お前にはもう一つ、密かに果たすべき任務がある。」王は横に控えていた侍従に合図を送り、小さな黒い箱を差し出させた。「……これは?」王は箱を開いた。中には赤い宝石の指輪が収められていた。透き通るような、深紅の輝き。それはただの装飾品にも見えたが、どこか不吉な雰囲気を感じさせる。
◆◆◆◆◆遥がこの世界に召喚されたとき、最初に驚いたのは、言葉の違和感がまったくなかったことだった。王国の言葉を話す人々の声が自然と耳に入り、自分の口から出る言葉も違和感なく通じる。文字も問題なく読めたし、歴史や地理といった基礎的な知識も、まるで生まれたときから知っていたかのように頭に入っていた。聖女は世界に適応する力を持つ。神殿の者たちからそう説明され、遥も納得するしかなかった。だからこそ、最初は特に疑問を抱かなかったのだ。しかし――「なんで古代語だけ読めないんだ……」図書館で広げた書物を前に、遥はため息をついた。この国の歴史書や魔王討伐に関する文献には、時折古代語が使われていた。遥が知りたい情報が書かれていると思われる箇所ほど、意味不明な文字がずらりと並んでいる。聖女としての力が失われた今でも、王国の言葉は読めるし話せる。しかし、古代語だけは最初から理解できなかった。遥は頬杖をつきながら、机の上に散らばった書物を睨む。「……どうにかして読めるようにならないかな」何か方法があるはずだ。そう思いながら、頭の中でゲームの記憶を辿る。ゲームの中では、物語の後半で「古代語を読めるアイテム」が登場していた。それは――「……赤い宝石……」遥は眉をひそめた。確か、王族の宝物庫に保管されているはずだった。貴重なアイテムで、ゲーム内では王族の信頼を得ることで入手できたはず。
◆◆◆◆◆朝の光が窓から差し込み、遥の部屋を静かに照らしていた。ぼんやりと目を覚ました遥は、ぼんやりと天井を見上げながら、昨夜の出来事を思い出す。左手を持ち上げると、薬指に嵌まったままの赤い指輪が目に入った。「……やっぱり、外れないか。」小さく息を吐き、指輪をじっと見つめる。試しに引っ張ってみるが、びくともしない。(どうするかな……このまま放っておいていいわけないし、ルイスと対策を考えないと……)そんなことを考えていると、部屋の扉をノックする音が響いた。「遥、起きているか?」ルイスの声だった。「起きてる。今開けるよ。」遥は素早く寝台から降り、扉を開ける。しかし、その瞬間――「……手袋を忘れているな。」ルイスが低く指摘する。遥は一瞬きょとんとした後、慌てて左手を隠した。「えっ、あ、しまった……!」昨夜、ルイスから“指輪を隠すために手袋を常に着用するように”と厳しく言われていたことを思い出す。「ちょ、待って、取りに――」言い終わる前に、ルイスの手が伸び、遥の腕を軽く引いた。「いい、こっちに来い。」驚く間もなく引き寄せられ、思わずルイスの胸元にぶつかる。「お、おい!」「お前がまた忘れると思
◆◆◆◆◆部屋に、静かな沈黙が落ちた。紅茶の香りだけが微かに漂う空間で、遥は冷めたカップを見つめたまま思考を巡らせる。コナリーの言葉を否定したのは自分だった。それなのに、彼が自分から離れていくのではないかと、不安に駆られている。(……何を考えてるんだ、俺。)遥は内心で自分を叱咤した。自分が答えを出したのに、コナリーの気持ちが遠のくことに怯えるなんて、都合が良すぎる。けれど、さっきのコナリーの表情を思い出すと、胸の奥が冷たくなった。(……なんで、そんな顔するんだよ。)普段と変わらぬ穏やかな表情。それなのに、その奥には何かを押し殺したような、冷えた影が見えた気がした。遥が「俺より大事な人ができたら」と言ったとき、コナリーの瞳がわずかに揺れた。けれど、彼はそれ以上何も言わず、ただ静かに頷いた。それが、妙に引っかかった。(なんか……このまま距離が開いていく気がする。)無性に焦りを覚えた遥は、何か話題を変えようと口を開いた。「なあ、ハリーと夏美に何かプレゼントを贈ろうと思うんだけど。」不意に投げかけた言葉に、コナリーがわずかに眉を上げた。「プレゼント、ですか?」「ああ。婚約のお祝いにさ。」遥は、努めて軽い調子を装いながら言った。
◆◆◆◆◆「私は本気です。」コナリーの言葉が静かに響いた。遥は思い切り紅茶を噴き出し、咳き込みながらコナリーを見つめる。「お、お前……何言ってんの?」慌てて袖で口元を拭いながら、遥は混乱したまま言葉を探した。「だって、お前、俺が女でも男でも関係ないって……そりゃ、そういう考えの人もいるだろうけどさ。冗談だろ?」「冗談ではありません。」コナリーはまっすぐ遥を見つめ、静かに答えた。「私は、遥がどのような姿であろうとも、貴方を大切に思っています。」「……っ」遥は言葉に詰まる。普段と変わらぬ静かな口調。けれど、その言葉に宿る真剣さが、遥の胸を妙にざわつかせる。冗談なんかではない。コナリーは本気でそう言っている。曖昧に笑って誤魔化そうとしたが、コナリーの表情を見て、それができる雰囲気ではないことを悟る。「……いや、でも、俺は男だし?」「それが何か問題ですか?」「えっ……」コナリーはわずかに首を傾げる。「貴方が女性ならば婚約する可能性があった、と貴方は言いましたね。」「あ、あれは冗談で……」「貴方が女性だったら婚約を考えたのですか?」「
◆◆◆◆◆コナリーは、遥の向かいに座りながら静かに紅茶を見つめていた。目の前には、いつも通りの遥がいる。だが、どこか遠くなったような気がしてならない。――指輪のことを話してくれないのか、遥。契約を交わしていたときは、互いの痛みを感じ、まるで体が重なるような感覚さえあったのに。それが今は、まるで目の前に見えているのに手が届かないような、そんなもどかしさがあった。遥が自分から離れていく。その現実を突きつけられるたび、コナリーの胸は締めつけられるようだった。(私は……遥の何なのだろうか。)聖女と契約した騎士――かつてはそうだった。だが今は、ただ王国の騎士として彼を守るだけの存在になってしまったのだろうか。その答えを探すように、彼は別の話題を振ることにした。「……今日、王城内でハリーと会いました。」「ハリー?」遥はカップを口に運びながら、小首を傾げる。「魔法使いの?」「ええ。」コナリーは頷く。「彼は契約聖女の夏美と婚約したそうです。」「えっ……!」遥は目を丸くした。「ハリーと夏美が!? 婚約?」「はい。魔王討伐を終えた後も二人は交流を深め、先日、ハリーが求婚し、受け入れられたとのことでした。」
◆◆◆◆◆ルイスの背中が廊下の向こうへと消えていくのを見届けた遥は、そっと息をついた。――コナリーには指輪のことを話せない。ルイスにそう忠告されたばかりで、胸の奥に得体の知れない重たさが沈み込んでいた。それでも、目の前にいるコナリーの姿を見た瞬間、その迷いは一時的にかき消された。「コナリー。」「お帰りなさい、遥。」コナリーの声は温かくて、遥は思わず笑みを浮かべた。「いつから待っていたの?」「そう待ってはいません。」コナリーは穏やかに微笑んだ。その表情は変わらず優しく、遥の心をほっとさせる。――けれど。コナリーの視線がふと遥の手元へと向かう。「それよりも……その手袋は?」「……!」予想していた質問だが、遥は思わず左手を握りしめ身構える。「火傷をしたんだ。」できるだけ平静を装いながら答えたが、一瞬の間ができたことを、コナリーは見逃さなかった。「火傷……?」コナリーの表情が曇る。「傷を見せてください。治療はされましたか?薬は?」矢継ぎ早に問いかけるコナリーに、遥は苦笑しながら手を振った。「大したことないって。すぐ治るさ。」「ですが――」
◆◆◆◆◆ルイスの部屋を出る前、遥は改めて自分の左手を見下ろした。その指には、未だ外れない赤い宝石の指輪が光っている。「……これ、やっぱり目立つな」遥が小さくぼやくと、ルイスが手袋を差し出した。「そのための手袋だ。今からは常に着けておくようにしろ。」遥は手袋を受け取りながら、少し困惑する。「手袋も悪目立つする気がする。」ルイスは微かに笑みを浮かべながら言った。「王家の紋章が刻まれた手袋だ。不審に思っても、無理に外そうとする者はいない」「まあ、そうだろうけど…」遥は渋々ながらも、言われた通りに手袋をはめる。指輪が見えなくなったことに、少しだけ安心する気持ちもあった。だが、元々はルイスの手袋のため、遥の手のサイズには合わずブカブカしている。「ブカブカしてる」「遥のサイズにあった手袋を用意する。それまでは我慢してくれ。」「分かった……手袋を嵌めている理由を尋ねられたら?」「手の火傷を隠すためだと言えばいい。」「……火傷ねぇ。」遥は苦笑しながら、手袋を指先までしっかりとはめた。それを確認したルイスは、満足そうに頷いた。「さて、遅くなったな。部屋まで送ろう。」「送らなくていいよ。王城の中だし、一人で歩ける。」
◆◆◆◆◆「魔王の小指!? 冗談だろ?」遥は驚愕し、反射的に左薬指の指輪を外そうとした。しかし、指輪は外れる気配すらなく、まるで遥の指の一部になったかのように馴染んでいる。「私も冗談でこんな話をするほど暇ではない。」ルイスは腕を組みながら、低い声で続ける。「王は、これはただの宝石ではなく、魔王の小指が封じられている指輪だと言った。そして、“王都にある方が危険”だとも。」「王都にある方が……危険?」遥は眉をひそめた。「そうだ。それゆえに、王はこの指輪を魔王領へ戻すよう私に命じた。」「戻すって……魔王領に放置しろってことか?」「そういうことだな。」遥は言葉を失った。――魔王を封じた指輪を魔王領に放置するのは危険だ。直感的にそう感じた。しかし、王が決めたのだから何かしら理由があるのだろう。そう自分を納得させようとしたが――「待てよ、それじゃあ――」遥は自分の指に嵌まった指輪を見つめる。「俺、このまま魔王領まで指輪ごと運ばれるってことか?」「それも選択肢の一つだが……問題は、指輪を外せないことだ。」ルイスは指を組みながら、じっと遥を見つめた。「遥、何度やっても指輪は外れないのか?」「……ああ。ダメだ、びくともしない。」遥は指輪をつまみ、捻ったり引っ張ったりしてみ
◆◆◆◆◆庭園を抜け、王城の内部へと足を踏み入れると、そこには冷たい石造りの廊下が続いていた。「さあ、こちらに。」ルイスの声が静かに響く。遥は戸惑いながらも、彼の後に続いて王城の廊下を歩いた。王族の居住区であるこのエリアは、他の区画とは明らかに違う。絢爛たる装飾が施された柱や壁、天井には精巧な彫刻が施され、随所に王家の威厳を示す紋章が刻まれている。(すげぇ…やっぱ王族の居住区は豪華だな)遥は緊張しながらも、好奇心が隠せずに周囲を伺う。城内は静まり返っていたが、それでも衛兵たちが定間隔で配置されており、遥はその威圧感に思わず身を引き締める。やがて、ルイスが歩を止めると、目の前には重厚な扉がそびえていた。扉の両脇には、王家直属の近衛兵が立っている。二人とも鋭い視線でルイスと遥を見つめていたが、ルイスが一歩前に進むと、すぐに敬礼をした。「殿下、お帰りなさいませ。」「ご苦労。」ルイスは短く答えると、静かに続ける。「この者と話がある。しばらくの間、部屋の外には誰も近づけるな。」「承知いたしました。」近衛兵たちは頷き、一歩後ろへ下がると、扉の前から移動した。ルイスは扉に手をかけ、軽く押し開く。「さあ、入りなさい。」◇◇◇ルイスの自室は、王族らしい品格を感じさせる空間だった。「お邪魔
◆◆◆◆◆「遥、どうかしましたか?」コナリーの落ち着いた声が響き、遥とルイスの肩がわずかに跳ねた。遥は一瞬コナリーの方を見たが、すぐに視線を逸らしてしまう。その態度にコナリーはわずかに眉を寄せる。そして、コナリーがさらに一歩近づいたその瞬間――ルイスが静かに遥の肩を引き寄せ、耳元で囁いた。「私に話を合わせてください、遥。」驚く遥だったが、ルイスの表情を見て、意味を察する。――今は本当のことを話すわけにはいかない、と。わずかに戸惑いながらも、遥は小さく頷いた。◇◇◇「遥、顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」コナリーは心配そうに尋ねる。「……いや、大丈夫だよ。」視線を彷徨わせながら答える遥だったが、コナリーは疑念を拭えなかった。何かがおかしい――そう感じたのだ。そして、ふと遥の手元に視線を落とす。「――その指輪は?」コナリーの低い声が響く。遥は思わず左手を引っ込めたが、コナリーの視線は鋭く、逃がさなかった。彼の指輪を見つめる瞳には、明らかな動揺が浮かんでいた。「ルイス様……その指輪、遥に贈られたものなのですか?」沈黙が流れる。その一瞬の間に、遥の鼓動は早鐘のように鳴った。どうする? 何と言えばいい?